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some words?

- thinking (or sinking).

portrait of a man (self portrait?)

■1月27日

先週のこと、LINEでやりとりをしていたmiddle cow creek fallsから突然、東京行くよ!!、と元気よく宣言を受け、それじゃあ、ということで待ち合わせをしたのが神楽坂でした。にゃーにゃーにゃーの下見ということで、神楽音に行くことにしたのです。


以前にも書きましたが、これまでずっと彼とのやりとりはLINEやTwitterのDM上でしたので、実際に会うのは初めて。長電話したことはあるので声は分かり、写真も見たのでとりあえずの顔つきは分かるのですが、うまく合流出来るかな…とちょっと心配でした。が。もともと別の用事で近くに来ていたので、歩いて神楽坂駅に向かっている時、前の方に長身の男の人が歩いていて、ああ多分この人だな、と思っていたのが案の定middle cow creek fallsこと朝倉さんでした。不思議ですが、まあ分かるものですね。そうして僕たちは初めて邂逅し、握手を交わしました。神楽坂にて16時25分のこと。


初対面なのに、全然そんな感じがしない───昨年はそういう感じの人とたくさん出会った年でしたが、朝倉さんもまさにそんな人でした。まあ彼の場合は、インターネット上でのやりとりがあったからそう感じないのかもしれません。おしゃべりな人なのは電話をした時に分かったのですが、実際にあった彼は笑顔が常に絶えない感じの、実にハッピーな雰囲気を持っていました。朝倉さん、初めからずっと笑っているのです。話す度に目元が綺麗に湾曲し、美しい半円を描いていく。非常にチャーミングで、人好きのする感じですね。逆に、この人はきっと長い間苦労してきたのだろうな、とも思いました。常に人に笑顔を振りまく小さな子どものそれと似ているようで、彼のその動作は少し違うように思えたのです。恐らく今の挙動とは正反対の時期があったからこその反動のような。僕の邪推です。


朝倉さんとはすっかり打ち解けて、と言うか、初めから何にも障壁がなかったので、まあいつも画面上で話していたあれこれを実際の会話に置き換えて話しながら、神楽坂の緩やかな坂を少しだけ降って、神楽音へ。朝倉さんはキョロキョロとかも全くせず、淡々と室内へ進んで行きました。ほいさーさんが出迎えてくれ、朝倉さんの自己紹介がてら世間話を。朝倉さんと僕のような前段がないので、ほいさーさんと朝倉さんのふたりこそ列記とした初対面だったのですが、このふたりもまた普通におしゃべりしていて、ああ経験と才能だな、と思いました。ある程度大人になっていくと、会話のスキルみたいなものは相対的に上がっていくものですが、彼らほど飛び抜けている人も珍しいように思います。それは普段接している人数の問題なのかもしれませんが、単純にふたりとも人間が好きなのではないか、とも感じました。


この日はライブが入っておらず、神楽音の機材点検の日だったので、フロアには機材がざっと放ってあったりして、なんだか新鮮。10月のライブの時にPAをしてくださっていた杉本さんもたまたまいらっしゃっていて、僕は杉本さんのPAが大好きだったのでまたいずれご縁がありそうですね最高、と考えていたり、にゃーにゃーにゃーでの会場セッティングの話をしたり、搬入の話をしたり、と諸々していたら、割と平気で一時間くらい経っていました。少し戦慄しました。


あまりにも長々とくだくだと駄弁っていたこともありつつ、なんだかまだおしゃべりし切れていない感じがすごかったので、自然と飲みに行こうという話になりました。という訳でほいさーさんに先導されて神楽音を出た我々は、今度は坂を上がって竹子というお店へ向かいました。所謂大衆酒場という感じの風態のお店で、着席してメニューを見ればビールが異様に安いではありませんか。ぱっと頼んだご飯も美味しい。ということでこれまでの話もお互いにしつつ、家族のことや周囲の人間関係の話に及んだそれは、やがて今後の話も含めて膨らんでいきました。朝倉さん、異様に酒に強く、ビールをミネラルウォーターみたいに飲むし、テキーラもたいらげて上機嫌でした。対するほいさーさんと僕はちびちびとお酒を飲んだりジュースを飲んだり。


そろそろ終電だ、という時間になって外に出たら雨でした。雪が降るかも、という予報は恐らく正確で、確かに殺気立つかのように冷たい空気が肌をピリつかせていきます。みんなで同じ方向の電車に乗り込み、ほいさーさんは一足先に降りて、残された朝倉さんと僕は横並びに座ってまた駄弁っていました。会話しながら朝倉さんの顔を見た時、正面から見るのとちょっと印象が違いました。正面から見るとくしゃっとした目元が非常に印象的なのですが、横から見る彼はもう少し頑固そうで、強さも感じつつ、やはり目の感じは優しげでアンバランスでした。


乗り換えで地上駅に降り立つと、そこにある東京は久しぶりに吹雪いていました。そもそも雪があまり降らない街ですから、あんなにも吹雪いている光景には少し動揺もしました。そんな具合の、街が迎えている珍しい風景の一環に朝倉さんがいることがまた不思議な感じでしたが、彼は多分そんなことは考えてなく、ただただ寒そうにしています。風が出ていて横なぶりの雪に身体が塗れました。まあでもそんなことも、時にはあるものですよね。そんな出会いの一日。


■1月28日

朝倉さんの写真をmihauの皆に渡して、昨日会ってきました、と報告をすると、まゆりさんから、竹子でしょうここ、とメッセージが来ました。10年間通っているらしいのだけれど、率直に言うと気持ち悪い、と言うか、恐怖を感じました。あの時のサウンドは、地を這うような、ペンデレツキのクラスターサウンドのもっと軽い感じのもの。軽快さもあるから尚更怖いやつです。


■1月29日

コンピレーションのお願いをしたく、BUZZY ROOTS経由で連絡をしていたKwonTreeさんでしたが、一向に返信がなく。彼、韓国内でかなり著名な賞である韓国大衆音楽賞にノミネートされ現在激務らしいこともあって、今回はダメかもなあ諦めましょうね…とちょうどチームBUZZYさんのふたりに話していた矢先、なんと返信メールが来たとのこと。しかも良い返事でした。いやしかし、あと20日とかしかないけど間に合うのかな…と震えつつ、英語にて文章を綴り、先方へ送ってみました。慌てて。


今回の制作の成果のひとつは、今回のKwonTreeさんはもちろん、カナダのJoni Voidことジーンさんにシンガポールのサシャくんなど、非日本語圏の方達と英語でやりとりをしたことでした。単純に学生時代以来に英語の勉強をしている点への感慨も然ることながら、それ以上に、自分の視野をさらに広げていくことへの挑戦というか、新しい友達をどこに見出すか、というちょっと途方もない規模感を持つ物事への探究でもありました。そしたらまあ、一気に3人くらいの仲間が出現してきて、行動することってなかなかすごいんだなあと痛感したり。


誰のもの・どこのものだったかは忘れてしまいましたが、とある藩士の藩訓の中に、行動するものは何もしないものよりも評価される、という旨のものがありました。昔働いていた会社のホワイトボードの横に、それが大きく掲示されていたことをよく覚えています。それに関しては、正直掲示されるされない以前にそんなこと当然だよね、という感想しかなく、僕はそれ自体には何にも反論がないのです、が、最近はそれだけでもダメだよね、という認識もしていて、というのは最近話題になったお笑い芸人さんのYouTubeチャンネルなんかがまさにそうですけれども、要は入り口を作ることが偉大だとしても、その先にあるものだって同様に偉大なのだ、ということを明確にしていかなくてはならないと思います。入り口を作ることばかりに偏った論調をベーシックにしてしまうことは、時にその論法が齎す混乱には立ち向かいようがないのです。それに対抗し得るのは、その部屋の中に関しても徹底的に磨き込んでいくことに他ならないと思っています。いくら入り口が素敵でも、中に入った部屋の床が腐り切った畳でできていたり、針の筵みたいな状態であってはあまり意味がありません。結局部屋から出て行ってしまったり、あるいは少し歪んだ状態を当然として、その他の状況に関して受容できなくなってしまったりするのは元も子もないのです。今求められているのは、入り口が用意されていて、かつその中にあるものが豊かなものでなくてはならない、ということのように思っています。


今回の制作も、そういったものにしなくてはならないと感じています。

そんなことを考えるようになったのは、僕がまた大人になったからなのでしょうか。


■1月30日

夜から渋谷のLUSHへ。昨年9月22日のSTYLO以来でした。一昨日のこと、竹子発言で僕を戦慄させたまゆりさんが行くとのことで、SUNEの皆さんへの挨拶がてら観にいくことにしました。


SUNE、中でもボーカルの花さんとは10月に出たほいさーさんの企画の時に知り合って、とは言え実はまめちゃんやまゆりさんは元々知り合いだったり友達だったり…という経緯もあって初めから打ち解けている人でした。ので、この日もスッと行って、笑顔で出迎えてくれた花さんと世間話して、ライブを見る。そんな他愛のない日常の一場面っぽい素敵な夜でした。花さんはコロナウイルスのことを心底恐れているみたいで、僕の周りはむしろそういうことを鼻にかけているというかそんなに真剣に考えていない人が多い気がするので、そんな彼女の挙動がちょっと面白かったりもしました。


この日のライブ、SUNEこそ少し毛色が違いましたが、他のバンドは所謂ギターロックの範疇の方々で、久しくそういうバンドを観ていなかっただけに新鮮でした。いやでも、よくよく考えていくとLUSHってロックバンドのたくさん出ている箱なので、むしろSTYLOがちょっと異質だったことに思い当たったりもしまして。そうだったそうだった。事実の湾曲みたいなことはこういうところから発生するんだなと気付きまして、気を付けなくてはならないですね。


SUNEの出番の一つ前、ハローエンドロールというバンドさんからベーシストの方とドラマーさんが抜けるとのことで、現体制最後、という瞬間に立ち会うことになりました。そういう背景もあってのような気がしますがお客さんがしっかりと入っていて。彼女たちの演奏自体はすごく輝かしく、楽曲の名前通り”キラキラ”していて、ああなんか良いなあという素直な感想だけがスッと出てきました。今日が最後、という気配に対してリアリティを感じられない僕(すみません今日初めて聴いたので許してください…)の立場だからでしょうか、なんだかこれからも続いていきそうなバンドだなあとか思ったのですが、最後なんですものね。そういうのって難しいですね。外側からでは見えないことがたくさんあるのだと思いますが、そういうものをそもそも共有する関係自体を終わらせてしまうことには、なんとも言えない憂いがあります。


今日のSUNEですが、共演した時の印象の音楽が今日も鳴っていました。このバンド、端的に言えば音響的にすごくバランスが良くて、どの楽器もその特性を存分に生かして有意義に鳴っている感じがします。ある意味で言えばスッキリしていて、その辺はmihauと大きく違うところかもしれません。mihauは割とどの音域も音を重ねて太く鳴っている印象に対して、SUNEの音はシャープだなあと。それは花さんの通る歌にも依るのかもしれません。力強い。


SUNEを見て外に出た我ら、一杯だけコーヒーを飲もうということになり、道沿いの喫茶店に入ったところ、そこのお店のコーヒーの値段にまゆりさんが慄いていました。竹子基準だと確かにコーヒー高いかもしれないですね。でもそれ、基準がガバガバだけどね。


■2月1日

『grft』の写真を提供してくれたゆうしさんと、共通の友人であるひろせくんと待ち合わせ。お所は池袋。ひろせくんとは前回も池袋で遊んだなあと思い出しながら。ゆうしさんが先にやってきて、ふたりで駄弁っていると、警察官の男の人に声をかけられました。手前味噌ですがわたくし、これまでの人生において職質をされたことがなく、もしかして初職質デビューか………流石池袋………と大変心構えたのですが、警察官さんは落ち着き丁寧な言葉遣いで、この辺りでパンツ一丁で歩いている120cmくらいの背丈の男の子を見なかったですか、と尋ねられました。ゆうしさんも僕もそんな子は見ていなかったのでそう伝えると、どうもありがとうございます、と警察官さんは和かに立ち去って行きました。120cmくらいってことは多分小学生中学年から高学年くらい、だけどパンツ一丁ってどういうことなんでしょうね。虐待とかではないと良いのだけどなあ。などとゆうしさんと話していますが、まあ事情はよく分かりません。男の子が無事であることを祈るばかりでした。


初めて職質されるのかと思いました、とその流れで伝えると、ゆうしさんはちょっと驚いたような顔をして、俺よくされるけどね職質、と笑っていました。ゆうしさん、見た目的にはシュッとしていて温厚(そう)な人ではあるだけに、とても意外。どんな生活しているんだろう、とも思いましたが、確かにたまに「狂気の桜」と書かれたキャップを被っていたりするので、そういうことなんでしょうね。とか考えているところにひろせくんが到着。彼は職質とは無縁そうな格好をしていました。池袋とも無縁そうな。


ゆうしさんは結構おしゃべりで、ひろせくんはその対極にいる感じで極めて寡黙、僕もそんなにおしゃべりではないけれど、その関係性の中で考えれば僕が真ん中にいる感じにはなります。だもんで、気を使ったりはしないけど、僕が比較的バランスを取る役割になるのでした。しかし思えば、僕の立ち位置とはそこに落ち着くことが多いですね不思議と。多分、mihauの皆の中でも僕の立ち位置とはそこである気がします。


それぞれと遊んだりはよくしているのですが、ゆうしさんとひろせくんが一緒に遊んでいるのはちょっと久しぶりらしく。とは言えそういう感じは希薄で、出会い頭からリラックスしてました。とりあえず腹ごしらえ、ということでちょっと有名店らしいベトナム料理屋さんでフォーを食べ、ベトナムコーヒーを飲み、そのままココナッツディスクに行き、ポポタムというZINEとリトルプレス専門の本屋さんへ行きました。良い休日な感じが凄まじく、ちょっと驚いたりしながら。


別の用事があるひろせくんと別れ、ゆうしさんとふたりで下北沢へ移動しました。当然のようにJazzy Sportとディスクユニオンに直行、そこでレコードを漁ってから、下北沢THREEへ行きました。久しぶりのKlan AIleenです。去年の11月にバンドのレコーディングをしてもらい、かつ少し前にも吉田和史さんのレコーディングをしてもらったりしていて、時折お会いしたり連絡を取り合ってはいましたが、なかなかライブには行けていなかっただけに、ちょっと達成感がありました。


カウンターにてジンジャーエールを頼んだのですが、注ぐ機械の調子がどうも悪いみたいで、カウンターの女の人がとても困っていました。とは言え僕にはどうしようもなく、プレッシャーをかけないように和かに待っていたのですが、後からやってきた男の人は結構彼女に向けて圧を押し付けていて、なんだか心が痛く。そうして彼女が四苦八苦しながらようやく作ってくれたジンジャーエールは、炭酸がほぼない特殊仕様でしたがこれはこれで美味しい。けどジンジャーエールと言われて想像するものとはちょっと違う…ということを考えていてふと気付いたのですが、ジンジャーエールに対して、我々は実は味ではなくあの口触りを求めているのだなあ、と。これ、大きな収穫のような気がします。


さてライブですが、ANIKISASに帯化、共演していた二組のバンドはどちらも個性的で面白い、もちろん格好良い。前者はポストパンクの現在系をまっしぐらに進んでいるし、後者はアヴァンギャルド経由のサイケデリック、しかも日本という国がグツグツと煮込んで醸成させてきた豊かなサイケ感を二人組バンドというフォーマットにどう落とし込むかについての実験のように聴こえました。帯化はまだまだ化けていくような気がしましたし、ANIKISASは既にアイデアに溢れているので、それがどう発展していくのかがとても楽しみな感じ。そしてトリで出てきたKlan Aileen、新しい実験に向けて一歩進んだ感じと言うか、これまでとアレンジを変えたりしていて、相変わらず攻めているなあという印象でした。松山さんとは全然話せなかったけど、お客さんもたくさん来ていて忙しそうだったのでまた今度にし、そそくさとライブハウスを後にしました。


この日の夜は殺伐という感情の表現方法の多彩さと、ジョイ・ディヴィジョンをどう捉えるか、の観点によって軸が見えてくるバンドが募っていたように感じました。というか、本人たちは全然そこを意図していないような気がするのですが、少なくとも僕はそういうことを考えながら聴いていました。会場で流れていたP.I.Lに感化されたものもたくさんあるのだと思います。その流れでふとゆうしさんに話したくなったのが、キース・レヴィンの音に対してよく使われる「剃刀のような」という表現に関してでした。僕は昔からこれに対して違和感があって、それは何故だろうと考えると、剃刀にしては音響が豊かでまるっとしているからだなあ、というところに行き着くのですが、それをそのまま伝えてみると、ゆうしさん曰くキース・レヴィンの剃刀は刃がボロボロになっているものだと思う、とのこと。これはなんとなく分かります。刃の具合のイメージの相違、ということですね。


ゆうしさんは今日のKlan Aileenにノックアウトされていました。あの音楽はまだ名前の付いていない日本独自の何かなのではないか、と。ゆうしさんとは何回か一緒にKlan Aileenを観てきて、その度に最高だよねとは話していたのですが、そういう風にはこれまで考えていなかったのか、ということに却って驚いたりもしました…僕は前からそう思っていましたよゆうしさん。そんな話をしながら新宿にてコーヒーを飲み、僕はボロネーゼのスパゲッティを食べました。美味しいですねスパゲッティ。パスタではなくスパゲッティというのも、実はとても大事だったりします。どうでも良いんだけど、それが故に重要なことなんです。


それにしても、Klan Aileenの新作らしいあの土下座スウェット、なんだか色々とすごいなあと思いました。


■2月2日

おきぬさんと早朝の打ち合わせで新宿へ向かいました。電車に乗りながらぼけえとほげえとTwitterを見ていたら、アンディ・ギルが亡くなったニュースが流れてきました。途端に意識が覚醒していくような感覚に襲われました。昨日のポストパンク祭の後だからこそ、その訃報は尚更痛切に感じられました。


アンディ・ギル、とても好きなギタリストでした。一番初めにその名前を知ったのは高校生の時でした。レッチリの1stのプロデュースをした人、しかもそのプロデュースがバンドからは極めて不評だったという悪評が元なのですが、なんだか異様に興味を抱いたことをよく覚えています。怖いものみたさ、みたいな。そうしてレッチリの1stを聴いてみたら、なんか確かにガチャガチャしているというか、80sらしい過度なエコーに包まれている作品で、というか、少なくともジョン・フルシアンテがガシガシ演奏している時期のレッチリを知っている立場からすると様々な面でぼんやりとしている印象を受けたりしました。ただしこれは、今思えばですが、ジャック・シャーマンという臨時でバンドに属していたらしいギタリストの影響も大きいように思えます。実は僕はジョン・フルシアンテ期よりも、その後のジョシュ・クリングホッファー期のレッチリの方が面白く思えたことが多かったのですが、それは恐らく楽曲に対するアイデアと同時にギターのサウンドの質感と、ジョシュ自身の立ち位置が大きな理由でした。ジョンはスタンドプレイヤーなので言うなれば「分かりやすい」のですが、ジョシュはもうちょっと後ろに位置して「バンド」を重視する考えの人でした。この点で言うと、実はジョシュとアンディ・ギルは非常に似ているように思います。で、ジャックさんはその点で言うと実に分かりにくい。その分かりにくさを助長したのがアンディ・ギルのプロデュースだったように聴こえます。


にも関わらず、いやむしろそういう不思議なプロデュースをしたが故にかもしれませんが、アンディ・ギル本人への印象は非常に鮮明でした。それでは、と本家であるギャング・オブ・フォーを聴いてみたら、これがまあ最高だった訳です。レッチリ1stに包まれているエコーは削ぎ落とされ、生々しいサウンドで混沌を捉えている音楽でした。その当時、僕はミッシェル・ガン・エレファントを後追いで聴き倒していた時期だったのですが、アベフトシのギターはよく言われるウィルコ・ジョンソンやミック・グリーンのスタイルに、アンディ・ギルのサウンドを混ぜ込んだようなもののように聴こえていました。少なくとも僕には。彼のギターにはアイデアの冴えみたいなものがぎっしり詰まっていて、それは楽曲との寄り添い方とノイズの具合、そしてギターに出し得るサウンドという点での音響の素晴らしさに所以しています。


昨日ゆうしさんと話していたことをふと思い出しました。剃刀のサウンドとはアンディ・ギルの為にある言葉のように思えていたから、それがキース・レヴィンに対してはしっくり来ていなかったのかもしれません。どれだけエッジを立てて、それを容赦無く人間に向けて振りかざすか、という視点がギャング・オブ・フォーの音楽には確かにあって、それに特化していたものこそ、アンディ・ギルの手にしていた剃刀だったように思えます。あのバランスの悪い、というか、トレブリーで角の立ったサウンドこそ”剃刀”と人が形容するものに違いないでしょう。アンディ・ギルの出現は一種の発明のような気がします。


さて、おきぬさんと打ち合わせです。ルノワールの卵サンドウィッチを食べながら。彼女には次の用事があって、そんなに時間が残されていなかったので、駆け足で残りの編集点をまとめていく作業です。あと20日しかないのにも関わらず未だに落ち着く気配を見せない制作ですが、改めてカレンダーを見たら本当に時間がなく、かなりまずいことに気付きました。


とか言いながら。おきぬさんとは11時くらいに別れ、僕は楽器を売りに新大久保へ。新大久保の所謂韓国通りに差し掛かった途端、人口密度がこれまでの4倍くらいになっておろどく。おどろく、と書けないくらいにおろどきました。おろどく、でも何となく意味が伝わるから面白いですね。まあそれは良いや。頭の中がパンクしそうだったので、歩く人たちとは目を合わせず素通りしていたのですが、それでもまったりとマイペースに気ままに歩く女の子たちがそこにいることには変わりなく、どうしたものか…と思いつつ、詰まっている箇所は彼女たちに合わせてとろりとろりと歩き、時折抜かして、を繰り返して楽器屋さんへようやく着きました。

使わなくなったエフェクターを売ったらなんと云数万円になり、しめしめとにやにやしながら新宿へ歩いて戻りました。で、楽器屋さんへ。お目当てのエフエクターを買い、にやにや、が、にやにやにやにやにやにやにやにや、くらいにアンプリファーによって増幅してましたが、とりあえず移動です。


100takeくん家へ向かいます。最近はまた彼の家で遊ぶことが多くなりました。到着し、軽くお昼を食べてから作業を始めました。新しい曲で使用する音源をサンプリングし、切り刻む作業です。彼の機材にサンプリング音源を通して加工していく作業、それを聴いて僕はまたも、にやにやにやにやにやにやにやにやにやにやにやにやにやにやにやにや、ってなもんでした。


■2月3日

昨日買ったエフェクターをペダルボードに組み込み、早速演奏してみました。家の中だけど、それなりに大きい音で、じゅらん、とギターを弾いてみればまあ最高。これ、爆音で鳴らしたらどうなるのだろう、という代物でした。すごく出音はナチュラルなんだけど、狂っている。自然に狂っている、という感じ。これは早くスタジオでみんなに向けて鳴らしたいなあ。次のスタジオは、ちょうど一週間後くらい。楽しみですね。


■2月4日

今日も今日とて100takeくん家へ。彼の家に着いた途端、ちょっと出よう、ということで荷物だけ置き、そのまま彼に引っ張られながらスーパーへ。なんでもこの時間からここのスーパーはお弁当を半額にしていくらしく、店員さんの手元にあるステッカーを注視している人がたくさんいました。お惣菜売り場には群がる人、そのハイエナみたいな目つき。でも確かに、300円の天ぷらが150円で買えてしまうのだものね。そりゃみんな本気にもなりますよね。という僕も、半額になっていたざるそば(節分の豆付き)とコロッケ、そしてきな粉に黒蜜のかかったでら美味しそうなお団子を買いました。100takeくんは、値付けをしているお姉さんに天ぷら安くしてくれませんか、と交渉したけれど断られ、ちょっと悲しそうです。


その過度な拘りが故、納豆をご飯にかけるのはナンセンスだけれど納豆をそのまま食べるのはあり、ただしお箸は変えるという特異体質を持っている、そんな100takeくん家で今日も作業です。全体的に良い感じであります。楽曲の方向性を決定する展開が浮かび、早速試してみた時、その美しさに思わずふたりでわあああああとなり、きゃあああああとなりました。楽しいですね。


■2月5日

Joni Voidことジャンさんからメールが来て、無事音楽を受け取ることができました。マスタリングの処理待ちだったのですが、ジャンさんから来たメールを見て思わずびっくり、というのも、マスタリングのクレジットにWarren Hildegargと書いてあったからです。


以前からWarrenにマスタリングを頼むよ、とジャンさんはメールに書いていて、音楽関係の友達であることは窺い知れたのですが、このWarrenってFoxes In Fictionのことだったのか…!!すごいところと繋がってしまったなあ。とびっくり。今回、Constellation Recordsの抱えるカッティングエッジことJoni Voidと繋がっただけでも僕は大興奮だったのですが、それがFoxes In Fictionにまで至ってしまうとは…。そもそもジャンさんと繋がることができたのは、middle cowこと朝倉さんが故。僕は皆さんの協力があって、こうしてどんどん世界を広げていくことが出来ています。それは大変面白く、かつ極めて刺激的なものばかりです。感謝してもし尽くせないですね。


さてさて、届いたジャンさんの音源を貪るように聴いて、にやにやし、とりあえず寝る準備をしようかしらね…とお風呂に入ってさっぱり、今日も平和に終わりますわね…と思っていたところ、ふとスマホを見たら、メールが来ている。むむむ、と調べてみたら、なんとそこにはKwonTreeの文字が。かなり絶望的だと思っていたのだけれど、ここに来て彼から連絡が来ました。なかなか連絡が取れない状態が続いていて、次回以降かなあ…と思っていたところ、この急展開です。しかも楽曲のデータもくれました。聴いてみたら、これが最高に良い曲で、僕はほろほろと涙が溢れそうになるのを抑えるのに必死でした。


ここに来てドバドバと、進みつつあります。


■2月6日

さて、KwonTreeさんからも無事楽曲とクレジットを頂けたので、あとはひたすら編集と入稿を進めていくだけであります。おきぬさんがひいひい言っているのが聴こえてきます。時折、そういう音は耳ではなく胸で聴くことがありますよね。おきぬさんのひいひい声はそういう類のものでした。彼女は東京のどこかにいるのに、彼女の焦りの音が聴こえてきます。とてもリアルに。というか現実なのです。


ゆうしさんから頂いた海の写真はジャケットにもなるので、作品を象徴するモチーフ的なもの、なのでどこかには掲載しなくてはならないのですが、それにちょうど良いスペースが見つからない…ということなので、協議の結果、名刺くらいのサイズのカードを作ることに。提案して30分後くらいにはこんな感じでどうでしょうか、というデザインがおきぬさんから届いて、ああエンジンかかっているのだなあと思いました。しかもそれが素晴らしいからびっくりです。流石すぎるおきぬさん。


僕はそんなやりとりをしながらも、今日は珍しくゆっくり過ごしていました。腰を落ち着けて夕ご飯を食べています。ここ半年くらい常に何かしている感じであまり休めず、最近は特にそうだったのですが、ちょっと意識的に電源をオフにしてみたら、なんか良い感じ。さぼてんでメンチカツとコロッケと一口ヒレカツをひとつずつ買って、白菜を煮たナチュラルな野菜スープにご飯、という質素というかシンプルの極みみたいな食事。それでも落ち着くから面白いものですね人間って。ささやかな幸せに包まれた生活の最中に僕はいます。良きかな良きかな。


■2月7日

友人たちと食事へ。20代前半の女の子たちとほぼ同世代の友人たち数人という感じでしたが、まったりしていて非常に楽しく。案内されたのはもつ鍋屋さんで、窓際の非常に良い席なのですが、外に見えるのが東京理科大という大変面白いシチュエーションでした。最近は特にそうでしたが、年下の子たちとの年齢差をあまり感じないというか、人間は”大人”と呼ばれる一定のライン(それは単純な年齢ではなく、心の成熟の話です)を超えると割と変わらないのかなあと思うことが多々あって、その成熟は女の子の方が早く迎えるような印象もあり、彼女たちとの会話はまさにそれを突いているものでしたが、それでも所々に瑞々しさが垣間見えると、良いね良いね良いですね、という気持ちになります。こうして僕はおじいちゃんになっていくのでしょう。


お土産に明太子を頂いたのですが、僕はそんなに明太子を好まないので、これどうしようかなあと頭を悩ませつつ帰りの電車に乗りました。新宿駅で乗り換える時、その至る所でハグをしているカップルがいたのですけど、今日はなんかそういう日だったのでしょうか。バレンタインには少し早いけれども。なんでしょうね。


■2月8日

久しぶりに家に篭っていました。最近は出ずっぱりで、ゆっくり寝たりとかもあまりできていなかったので、とてもまったり過ごしました。そんな中でもギターを弾いたり、ホームページを更新したり、プレス原稿を書いたり、セット図を作ったりなどして、気づけば深夜2時。割と良い時間になっていました。うちの辺りは郊外の住宅地という感じなのですが、割と大音量で音楽を聴けたりするので、時々時間が港へ停泊するような、全く進んでいないような感覚が訪れるのですが、今日はまさにそんな感じでした。


■2月9日

自然と目が覚め、まめちゃんと新作のプレスの相談。100takeくんとセット図の相談。休みの日だけど、休んでいる感じではなくて、割と頭を使っているような。とか言いつつ、時々ぐうたら寝たりもして、なんとも最高な塩梅です。


夕方に家を出て、バンド練習へ。来れないと聞いていたまゆりさんが来れることになり、久しぶりに演奏陣が揃いそうだな良かったな、とか思っていたら、よっしーが来る前にマキさんが体調不良で帰ることに。mihauはドラマーがふたりいないと練習が前に進まないバンドだったりするので、うわわわ、という感じでしたが、代わりに100takeくんとマイクの音響に関して詰められたので、すごく収穫のある練習でした。


色々なバランスの取り方があるとは思うのですが、いずれにしても複数人で演奏する以上はバンドはバランスの取り方を精査していく作業の積み重ねです。言うなれば、色々な形の積み木をどうやって意義あるものに組み上げていくことの実験の連続なのですが、そのひとつが欠けた途端に全部ダメになる、なんてことはざらです。今回のマキさんがいないことは、単純に構成する楽器要素がひとつない訳なので、言うなればすごく分かりやすい例ですが、もっと細かいことでもそれはたくさん存在しています。例えばひとつの楽曲の展開に関して、こうしようね、と決めたことを、次の練習の時に誰かひとりでも忘れていた途端、全てが終わります。僕たちの前回の共に過ごしていた時間は一瞬で泡となります。mihauとの作業にはそういう瞬間が多々あって、僕は少し狂おしかったりもします。なんだこれ、を常に抱えながら徐々に音楽を前に進めていく作業なので、これは確かに気の詰めるというか、極めて集中力が高くないと継続できないことだなあと最近は特に感じるようになりました。


その一方で面白いのが、鍵となる要素を見つけた瞬間だったりもします。バンドの持つ要素に各々重要度があるのは確かで、かつその重要である要素は楽曲ごとに違ったりもするのですが、兎にも角にもその鍵となるものを見つけることが出来た途端に、一気に物事のスピードが上がり、推進力が何倍にも増してバンドが進んでいく瞬間も多々あるものです。今日の練習では音響面での改善が一気に図られた結果、楽曲が強靭にグルーヴしていきました。すごかったですね、あの後半からの推進力たるや。


そして思っていた以上に、このバンドは僕の歌というか、メロディのグルーヴみたいなものを礎にして構成されているのだな、ということに今日は気付きました。みんな気付いていたのかな。もしや僕だけだったりして、知らなかったの。


■2月10日

マキさんからLINEが来て、明日の練習は休むとのこと。ノロやインフルエンザではなく、ということは今話題のコロナウイルスでもないのでしょう。仕方のないことではありますが、一気に不安にはなりました。新曲とか詰めきれてないのだけれど、大丈夫なのだろうか。